概要
ここ数週間でリスク・センチメントは急激に悪化していますが、クレジット市場は依然として驚くほど落ち着いています。新興国クレジットは若干の弱さを見せているものの、スプレッドは3月に入ってこれまでに1bpしか上昇しておらず、トータル・リターンは-0.56%です。新興国社債市場の反応はさらに抑制されており、トータル・リターンは-0.22%と、不安定な地政学的情勢において底堅さを示しています[1]。
米国の利下げサイクルが加速し、金利の着地点がより低くなる中で米ドルが下落する可能性があるとの見方から、新興国の現地通貨建て資産は持ちこたえています。年初来で見ると、ドル・スポット指数は4.4%下落しており、ブラジル・レアル、メキシコ・ペソ、ポーランド・ズロチは3%を超えるトータル・リターンを記録しています[2]。これは新興国の中央銀行に政策金利をさらに引き下げる余地を与えるとみられます。
最も大きな影響を受けているのは石油・ガス銘柄のスプレッドです。しかしこれは、原油価格の低迷が続いているうえ、石油輸出国機構(OPEC)加盟国が近く減産を縮小する意向であることがより大きな要因となっています。影響は今のところ限定されていますが、米国の金融環境の引き締まりは世界的なスプレッドの拡大につながる可能性があります。安心材料は、スタート時点の新興国のバランスシートが強固であることや、主要新興国の一部には大きな財政懸念がないことです。
地政学的問題が引き続き焦点
ウクライナと中東という2つの最も大きな地政学的問題は、異なる意味合いを持っています。ウクライナに関しては、いかに強固あるいは永続的な停戦合意が成立したとしても、中東欧(CEE)諸国政府は防衛支出を増やす見通しです。ただし、これには、防衛支出がすでに国内総生産(GDP)比4%を超えているポーランドは含まれません[3]。
財政収支は悪化すると予想されますが、これは2つのチャネルを通じて相殺される可能性があります。ひとつめは、ドイツの景気回復は歳入の増加を後押しし、CEE諸国にプラスの波及効果もたらすとみられることです。つぎに、ロシア産ガスの輸出再開が価格を押し下げ、CEE諸国の貿易収支の助けになるとともに、大手新興国企業にとって若干の追い風になるとも考えられることです。
中東に関しては、レバノンとガザ地区での停戦は依然として緊張感が高く、隣接する地域以外に大きな影響が及ぶリスクは限定的です。ヨルダンでは、同国のGDPの約3%に相当する米国際開発局(USAID)の資金援助が引き揚げられる可能性があることから、市場スプレッドが著しく拡大しています。ガザでの停戦が継続すれば、エジプトは所有するスエズ運河経由の貿易が増加し、通行料収入が押し上げられることで恩恵を受けるでしょう。
関税に対する米国のアプローチ、特に今後の交渉の道筋についてはなお非常に不透明です。メキシコとインドは、GDP比で見た対米輸出の規模が大きいため、最もリスクにさらされています。
メキシコは関税の嵐の目に入っており、多くの向きは貿易戦争がメキシコ経済に持続的な打撃を与えかねないと懸念しています。しかし、見通しは報道が示唆しているよりも明るいと考えられます。私たちの基本シナリオは、「関税問題は短期間で解決され、メキシコは今年または来年実施される米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の再交渉を前に、立場を強められる」というものです。現在進行中の「ニアショアリング」(企業がコスト削減や効率性向上のために製造拠点を米国に近い場所に移転させること)を原動力に、メキシコの相対的な優位性は高まっています。
市場はこれに同意しているようです。メキシコ社債の直近のリプライシングは選挙後に起きており、このところの動きはより抑制されています。実際、メキシコのクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)スプレッドは数bpしか拡大していません。以下でメキシコについてより詳しく見ていきましょう。
ケース・スタディ:メキシコ
私たちがメキシコの銀行の現地エコノミスト数人と意見交換をしたところ、見解は概ね一致しました。具体的には、トランプ大統領はUSMCAの早期の再交渉を前に、関税を交渉材料として利用していると考えられます。また、関税のメキシコ経済への影響は、関税が予想よりも長期化しないと想定するならば、対処可能と思われます。その間、関税とUSMCAに関して確実性が得られるまで、メキシコへの国内外からの投資は様子見モードが続くとみられます。
関税とUSMCA:大まかな経緯
米国は2018年6月に、メキシコ産の鉄鋼とアルミニウムに対してそれぞれ25%、10%の関税を導入すると発表しました。これを受けて、メキシコ政府はモーターボート、フレッシュチーズ、バーボンウイスキー、クランベリーといった少数の米国からの輸出品に対し、報復関税を一時的に課しました。これらは、トランプ大統領に圧力をかけるために共和党の牙城を標的としていました。
その後、トランプ大統領は2019年にすべてのメキシコ製品に対して一律25%の関税を課すと脅し、状況をエスカレートさせました。もっとも、このような脅しにもかかわらず、メキシコは関税を回避しました。なぜなら、トランプ大統領の目的は、USMCAの交渉を前に優位性を高めることであったからです。現在の状況はこうした戦術によく似ていると思われます。
USMCAは2026年7月に見直される予定ですが、私たちが話をした向きは、USMCAが2025年後半に(更新されるのではなく)再交渉されると予想しています。トランプ大統領を懐柔するために、以下のような対応がとられる可能性が高いと考えられます。
- メキシコが中国に追加関税を課す
- 原産地規制を強化し、工業製品のバリューチェーンにおける中国の影響力を低下させる
- 紛争解決/仲裁メカニズムを強化することで、高い市場シェアを支える
経済への影響
現地のエコノミストは、「ニアショアリング」というテーマが勢いを増すことで、米国とメキシコの関係が中期的には強化されるとみており、その証左として、輸出伸び率が2017年以降大きく高まり、6%から8~10%に上昇したことを指摘しています。
大半の向きは、メキシコのシェインバウム大統領が麻薬や移民の問題に関して穏便で協力的な姿勢を維持すると予想しており、米国が12ヵ月関税を実施するというダウンサイド・シナリオの可能性は低いと考えています。このダウンサイド・シナリオは次のような結果につながるとみられます。
- (輸出セクターを支える)8~10%の通貨切り下げ
- 2025年のGDPの0.5%の減少これは2025年の0.7~1.3%の成長率見通しの下限と整合します。
- 総合インフレ率への0.6~1.2%ポイントの影響(上で概説した報復関税が発動された場合はこのレンジの上限)これは4~5%のインフレ期待の上限と整合します。
- リスクのコストは1.8~2.0%[4]
これは企業にとって何を意味し得るか?
メキシコの国内最大手銀行の1つであるバノルテでは、2024年に企業向け融資残高が前年比で24%増加しました。その背景には、企業が運転資金の融資枠から資金を引き出し、生産能力を拡大したほか、小売業と製造業が広範に成長したことがありました。同行は2025年については、投資決定がなお概ね保留されているため、増加ペースが9~10%に鈍化すると予想しています。
バノルテは、対内直接投資(FDI)の発表と投資計画に基づいて独自の先行指標を算出しています。最新のレポートではFDIの減少に言及しており、これは月次の購買担当者景気指数(PMI)が示唆する企業景況感の悪化と整合しています。高頻度指標は、米国企業が想定される関税の発表を前に在庫を積み上げたため、1月に輸出が上向いたことを示唆しています。
アバディーン・インベストメンツの戦略に含まれる特定のメキシコ企業への影響
公益セクター
コメタ(COMENG)は米国で事業を展開しているエネルギー企業ですが、カリフォルニア州の送電系統を管理するカリフォルニア州独立系運用機関(CAISO)向けの生産は小さな部分(2024年第3四半期の12ヵ月EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)の8%)を占めるに過ぎず、米国の関税が同社の事業に打撃を与えることはないとみられます。ただ、メキシコが報復措置を取った場合、エネルギー・セクター、特に同国の電力公社であるメキシコ連邦電力委員会(CFE)に悪影響が及ぶおそれがあります。メキシコは天然ガスの大半を米国からパイプラインを通じて輸入しており、ガス・コストの上昇はメキシコでの需要を抑制する可能性があるうえ、こうしたコストは消費者に十分に転嫁されなければ、CFEの業績を圧迫しかねません。もっとも、私たちは基本シナリオとして、「大規模な報復関税は回避される」とみています。
化学セクター
報復関税は化学品企業にとって懸念材料です。しかし、私たちの投資先企業は生産高の6~10%を米国に輸出しているにとどまります(オルビアは米国市場に製品を供給するために同国で事業を展開しています)[5]。このため、米国が関税を実施しても企業業績が大きく損なわれることはないでしょう。中期的なリスクは、市場の不安定さが続く中で企業が投資をやめることです。オルビアの直近の決算発表に伴う電話会議で経営陣は、「現時点ではなお、[最終決定を下す前に]今後何が起きるかについてトランプ政権がさらに明確にするのを待っている」と述べました。
不動産セクター
不動産投資信託(REIT)運用会社であるフィブラ・ウノ(FUNO)では、投資物件の稼働率が過去最高に近い水準にあります。FUNOは産業施設セクター、リテール・セクター、オフィス・セクターで幅広い顧客を持ち、(米ドル建てとメキシコ・ペソ建ての両方で)賃料が上昇していることは、良好な需要トレンドを反映しています。賃料と稼働率の上昇は、供給能力が逼迫している兆候とも考えられます。一方で、構造的要因が良好な事業環境の原動力となっており、こうした要因は短期的に関税の影響を受けないと思われます。例えば、アマゾンやメルカードリブレといった電子商取引企業にサービスを提供するサードパーティー・ロジスティクス(3PL)事業者が、稼働率を押し上げるのに寄与しています。
注目すべき経済指標:
- メキシコ銀行(中央銀行)が発表した四半期FDI統計は、大手企業による公益事業投資が牽引役となり、コロナ禍後に投資活動が上向いていることを示しています。こうした活動が続けば、公益セクターは関税に対して底堅さを維持するとみられます。
- 国家統計局である国立統計地理情報院(INEGI)の固定資本形成指数から機械投資を切り離すと、より力強い成長トレンドが明らかになります。メキシコの輸出シェアは中国との貿易摩擦から恩恵を受けています。しかし、北米自由貿易協定(NAFTA)とUSMCAの下での投資を受けて、10年余りにわたりGDPの数倍のペースで成長してきた製造業セクターに関する証左はさほど明確ではありません。
おわりに
メキシコはノイズの多い米国の関税交渉の中心にいます。しかし、私たちの投資先企業への直接的な影響はなお限定的であり、関税の実施から時間が経過するのに伴い、影響はさらに弱まるでしょう。
他の新興国企業についてはどうでしょうか。大雑把な一般論のように聞こえるかもしれませんが、大半の新興国企業は世界の地政学的混乱から比較的隔離されていると思われます。実際、相場の下落は通常、企業のファンダメンタルズではなく市場のセンチメントに関連しています。このため、市場のセンチメントに引き続き留意しつつ、企業のファンダメンタルズを重視するのが最良の長期投資戦略であると考えられます。
上記に記載した企業は、例示のみを目的として選択されたものであり、投資推奨を意図しておらず、将来の運用成果を示唆するものでもありません。
- JP Morgan、2025年3月
- Bloomberg、2025年3月
- Poland Ministry of Finance、2025年
- Haver、2025年
- アバディーン・インベストメンツ、2025年3月